第113章 幕間その陸:故郷へ(後編)
それから汐は準備体操を念入りにし、耳抜きをすると、そっと海の中に足を入れた。甘露寺の言う通り、今は海に入る季節ではないため水温は低いようだ。
しかしそれでも汐は、ゆっくりと身体を慣らすように海につかると、そのまま大きく息を吸い水の中へと潜った。
数年ぶりに潜る故郷の海は、あの頃とほとんど変わっておらず、たくさんの思い出が汐の中に文字通り流れ込んできた。
しかし、汐はその思い出を振り払うように、ゆっくりと海の底へと身を沈めた。
海の底に近づくにつれて、段々と水圧が強くなり、視界も狭く暗くなってきた。しかしそれでも汐は、鍛え抜かれた身体能力と、全集中の呼吸がもたらした新たな身体によって、それをものともせずに進んでいった。
(あの頃だったら、こんなに長く、深くは潜れなかった。まるでここに来るために、全集中の呼吸を覚えたような気分ね)
汐はそんなことを考えながらも、そこを目指して潜り続けていたが、いつまでたっても底が見えず、周りは真夜中のような真っ暗な世界へと変わっていった。