第111章 幕間その陸:故郷へ(前編)
「あたしもその話、知ってるわ。ワダツミヒメが天上の神様に恋をして、幻の【泡沫の花】を探して見つけるも、神様には別の相手がいて、悲しみにくれたワダツミヒメは、荒ぶる神になって鎮められたっていう話」
汐は故郷の事を思い出したのか、悲しげな声でそう言った。
すると、女は首をかしげながら、徐に口を開いた。
「変ですねぇ。私が聞いた、ワダツミヒメ様のお話と違います」
「違う?」
今度は汐が首をかしげると、女は頷き、語りだした。
「ワダツミヒメ様が泡沫の花を探し出すところは同じなのですが、天上の神様には不治の病を患った妹君がいて、神様は毎日胸を痛めていたそうです。それを知ったワダツミヒメ様は、二人を不憫に思い、泡沫の花に願ったのです」
――私の命と引き換えに、あの方の妹様の病を治してくださいませ
「その願いは聞き届けられ、妹君の病は治ったのですが、その代償にワダツミヒメ様は命を落とされ、海の泡へと姿を変えました。そして、妹君の回復に疑問を抱いた神様は、紆余曲折あってワダツミヒメ様の存在を知ります。そして、妹君の為に命を落とした彼女を憐れみ、彼女を鎮める歌を歌ったそうです」
女の語った物語は、汐の聞いた話とはだいぶ異なっていた。だがそれでも、切なく、悲しい物語であることは変わりない。
「そのワダツミヒメ様は、目が覚めるような真っ青な髪の色をしておられたそうです。もしかしてあなたは、ワダツミヒメ様の生まれ変わりやも、しれませんね」
女はそう言って、静かに部屋を後にした。