第2章 嵐の前の静けさ<壱>
汐は目を見開き、距離を取る。その間に仲間は檻を開けると、野犬たちは唸り声をあげて汐に狙いを定めた。
(あの様子じゃ何日も食べ物にありつけていないみたい・・・なんてことをするんだ・・・!)
汐はこみ上げる怒りを抑えるように、唇をかんで野犬たちを見据えた。野犬たちはもう我慢が出来ないといわんばかりに、汐に襲いかかってきた。
人間とは異なり、動物は動きが読みづらい。攻撃を当てようにも、重心も姿勢も人間とは全く違う。
そうこうしているうちに、野犬の一匹の爪が汐の服をかすめた。
「っ・・!」
服が裂けただけで怪我はしなかったものの、このままではらちが明かない。かといって加勢に来た村人たちが乱入すれば、混乱に生じて海賊たちを逃がしてしまうかもしれない。
――仕方ない。
汐は背後で待機している村人たちに合図を送り、自分は野犬たちから距離を取る。そして大きく息を吸うと――
そのまま、大声と共に野犬に向かって《《撃ち出し》》た。
凄まじい衝撃波が起こり、海賊たちは顔をしかめて耳をふさぐ。その攻撃をまともに受けた野犬たちは、成す術もなくその場から一目散に逃げ出した。
呆然とする海賊たちの前に、汐は静かに歩み出る。
「さて、あたしの頼み、おとなしく聞いてくれる気になったかな?」
汐が一歩近づく度に、海賊たちは肩をびくりと震わせる。
すると、
「こ、こんな奴に・・・」
「ん?」
声のした方に視線を向けると、主犯格らしき男が肩を戦慄かせてこちらを睨んでいた。
「こんな、こんな・・・!小僧なんかにいぃーーー!!!」
その刹那、男は隠し持っていた短刀を汐に向かって突き出してきた。が、
「お前、今なんて言った?」
汐の小さく、低い声が口から洩れる。そして、男の攻撃を紙一重でかわすと、その胸ぐらをつかんだ。
「あたしの名前は大海原汐!正真正銘、【女】だァーーーッ!!!」
彼女の高らかな叫び声と、男の断末魔。そして、骨が砕けるような音が海と空に響いた。
切り札がなくなった海賊たちは、そのままおとなしく投降した。そのまま村人たちに拘束され、別の村人が通報した警察によって彼らの身柄は引き渡された。
ついでに、逃げた野犬は村一番の強面の奥方が連れて帰り、厳しいしつけの末売られたとかそうでないとか。