第2章 嵐の前の静けさ<壱>
ひと仕事を終えた汐は、軽い疲労感を覚えながらも家路についていた。
みんなを守ることができてよかった。身体を鍛えておいて本当に良かったと、心から思う。
「汐ちゃん!!」
そんな汐を声が呼び止めた。足を止めると、一人の少女が転がるように走ってくる。
色白で真っ黒な髪を一つに結わえた、とてもかわいらしい少女だ。
「絹!」少女、絹の姿を見て、汐の表情が瞬時に和らぐ。
「あれ?練習は終わったから家に帰ったって聞いたんだけど・・・」
「さっきお父さんから汐ちゃんが海賊と戦ったって聞いて、いてもたってもいられなかったの!怪我なんかしてたらと思うと、私心配で・・・」
「そんなの全然平気だって。本当に絹は心配性だなぁ」
「もうっ、本当に心配したんだから。汐ちゃんはいつもいつも無茶ばかりするから、心臓がいくつあっても足りないわよ」
そういって膨れる絹を、汐はやさしく頭をなでる。
「ごめんね、心配させて。だけど、あたしはうれしいんだ。絹や村のみんなを守ることができて、こうして笑ってくれるのが、何よりもね」
「それなら私たちだって同じよ。私も、汐ちゃんが笑ってくれるのが何よりもうれしいもの」
「絹・・・」
涙でぬれた瞳を、汐はじっと見つめる。黒曜石のような美しい瞳が、汐の心を落ち着かせた。
「じゃあ、あたしが笑顔になれるように絹には頑張ってもらわないとね。今度の祭りの歌、楽しみにしてる」
「うん!私頑張るわ。村のみんなのためにも、大好きな汐ちゃんのためにもね!」
そう言って見合わせた二人の顔には、心からの笑顔が浮かんでいた。
「そろそろ帰るよ。絹も早く帰って休んだ方がいいよ。祭りが近いのに風邪なんかひいたら洒落にならないからさ」
「そうね、そうする。汐ちゃんも早く帰って玄海おじさんに顔を見せてあげないと。きっと待ってるわ」
2人は互いに手を振ると、それぞれの帰り路につく。日は、もう高く昇っていた。
汐の家は、海岸から離れた岩陰に隠れたところにある。窓には板が打ち付けられており、出入り口は玄関のみである。
汐はそのまま外にある水だめで獲物を洗うと、細心の注意を払いながら扉を開けた。