第110章 幕間その陸:女心と癇癪玉
「「あ」」
その日は運がよかったのか、そうでなかったのか。炭治郎が訓練場へ着く前の廊下で、訓練を終えた汐が出てきたところで会うことができた。
ところが、汐は炭治郎の顔を見るなり、慌ててその場から立ち去ろうとした。
「ま、待ってくれ!」
炭治郎は、すぐさま汐と距離を詰めると、その手を掴んだ。体力が戻っていない彼が、ここまでできたのは火事場の馬鹿力か、それは定かではなかった。
「な、なに?」
汐は炭治郎から顔を逸らし、どもりながら答えた。いつもの汐ならありえない行動に、炭治郎は驚いた。
いや、驚いたのは行動だけではなく、汐の匂いがはっきりと変わっていた事にもあった。
以前のような、優しい潮のような香りではなく、甘く鼻をくすぐるような、果実のような匂い。
その匂いを嗅いでいると、何故か落ち着かないような気がした。
「お前、最近どうしたんだ?あれから全く会いに来なくて、禰豆子も寂しがっていたぞ」
炭治郎は、自分の口から出てきた言葉に驚いた。禰豆子が寂しがっていたのは、嘘ではない。しかし、本当は自分自身が会いたくてたまらなかったはずなのに、何故か禰豆子の名前が出てきてしまった。
汐は僅かに肩を震わせると、観念したように振り返った。だが、その際に汐の前髪が少し捲れた、その瞬間だった。