第110章 幕間その陸:女心と癇癪玉
炭治郎は、今までにない、言い表せない感情を抱いていた。いつも穏やかな彼が、最近は眉間にしわを寄せて、何かを考えこんでいるようだった。
(汐、一体どうしたんだろう。あれからずっと、顔を合わせていない)
意識が戻ったあの日から、炭治郎は汐と一度も顔を合わせていなかった。炭治郎が動けなかったせいなのもあるのだが、それでも汐は見舞いにすら来なかった。
以前にも喧嘩をして、しばらく口を利かないときもあったが、今回は喧嘩をした覚えなどなく、汐が会いに来ない理由が全く分からなかった。
(俺はいったい、どうしたんだ。胸の中がモヤモヤする。今まで、こんなことはなかったはずなのに・・・)
炭治郎は、胸の中で渦巻く奇妙な気持ちの正体がわからず、ベッドの上で何度も寝返りを打った。汐が一時的とはいえ、記憶を失っていたと聞かされた時は、心臓を鷲掴みされたような気分になった。
汐の中から、自分の存在が一瞬でもなくなってしまっていたということが、酷く恐ろしく感じた。
(体力はまだ戻っていないけれど、歩けるくらいには回復した。汐が任務に復帰する前に、何とか会えないかな)
「・・・よし!」
炭治郎は意を決してベッドから起き上がると、一つ深呼吸をしてから歩きだした。
この時間帯なら、まだ訓練場にいるかもしれない。炭治郎は、微かな望みを抱きながら、足を進めるのだった。