第106章 変わりゆくもの<参>
あなたは覚えてないかもしれないけれど、私、何かを自分で決めることができなくて、何かを決めるときは銅貨を投げて決めていたの。何もかもがどうでもよかったから。でも、炭治郎は"この世にどうでもいいことなんてない"、"人は心が原動力だから、心はどこまでも強くなれる"って言ってくれた。それから少しずつ、皆と話したり、師範と話したりして、少しずつ自分の意見を言えるようになってきたの」
そう言うカナヲの表情はとても穏やかで、心なしか輝いて見えた。汐はそんな彼女をみて、なんとも言えな気持ちになった。
「でもね、私が自分の意見を言えるようになったのは炭治郎のお陰だけじゃない。あなたもだよ、汐」
「私も・・・ですか?」
「うん。あなたは私を気遣ってくれたし、素敵な歌を沢山聞かせてくれた。私にとってあなたは、この屋敷以外で初めてできた、友達だったから・・・」
カナヲの口から出てきた友達という言葉を聞いて、汐の心は再びざわついた。過去に汐がカナヲに対して言った言葉を、今の汐は覚えていない。
だが、自分を友達と言ってくれた人がここにいて、自分を支えてくれる人々がいる。その事実は過去を忘れても変わらない。
カナヲを見て、汐は思った。思い出さなければならない。炭治郎という少年の事も、カナヲという友達の事も。
しかし、現実はそう甘くなく、汐の記憶は戻らないまま、日にちだけが過ぎていった。
善逸は嫌がりながらも任務に復帰し、伊之助に至っては無断であちこち動き回り、しのぶとアオイに叱られる毎日だった。
そしてとうとう、汐は約束の日の朝を迎えてしまった。