第106章 変わりゆくもの<参>
(そうだ。あの時聞きそびれちゃったけれど、昨日の夜に見たあの男の子。確か病室はこっちだっけ)
汐の足は、自然とある方向へ向かっていた。それは、昨日の夜に出会った禰豆子を追いかけて出会った、耳飾りを付けた眠ったままの少年。彼の姿を見た時、汐の胸はこれ以上ない程ざわついた。
(何故だろう。顔を見た瞬間、この人の事は忘れていてはいけない。思い出さなければいけないという気持ちになった)
汐は速くなる鼓動を抑えるように足早にその場所へ向かい、そっと、病室の扉を開けた。
窓から差す陽の光が、眠ったままの少年を静かに照らしており、汐は備え付けの椅子に静かに座った。
余程の怪我だったのだろう。頭とあごには包帯が巻かれ、栄養の入った点滴は、規則正しく彼の体内に注がれていた。
汐は少年の顔に覚えはなかったが、やはり胸のざわめきは消えず、焦りに似た感情を呼び起こしていた。
ここまで気になるのに何故思い出せないのか。せめて目を覚ましてくれたら、何かわかるかもしれないのに。
「あなたはいったい誰なの?」
汐がそう呟くように言った瞬間、背後から別の声が聞こえた。
「炭治郎の事が気になる?」
いきなりの事で驚いた汐は、危うく椅子から転げ落ちそうになった。そこにいたのは、先ほど訓練に付き合ってくれた鬼殺隊士の少女、栗花落カナヲだった。
「栗花落さん。炭治郎、とは、この人の名前ですか?」
汐が尋ねると、カナヲは少し悲しそうな顔をしながら小さくうなずいた。
「うん。竈門炭治郎。あなたと同じ任務に就いていた、あなたの仲間だよ」
カナヲはそう言って、汐の隣に座ると眠り続けている炭治郎を見た。善逸、汐、伊之助は目覚めたというのに、彼だけ未だに目が覚めないことに、彼女も心を痛めていた。