第105章 変わりゆくもの<弐>
「足元に気を付けて。それと、少しでも疲れたらすぐに言ってくれ」
「はい、ありがとうございます」
汐を連れ出した善逸は、汐の体調を気遣いながら裏山へ向かっていた。
ここは、かつて彼らがお世話になった時、伊之助の遊び場や汐の修行場となった場所であった。
特に汐は、全集中・常中を覚える為に、ここで発声練習を行っていた。そんな思いれのある場所であるならば、汐の記憶が戻る何かのきっかけになるかもしれない。
善逸は汐の手を引きながら、ゆっくりと足を進めた。
空は澄み渡り、風は心地よく、出かけるには最適な天気だった。汐はあたりを見回して景色を楽しむが、彼女の"音"は依然として変わらなかった。
「ここで君はよく歌の練習をしていたんだよ」
「歌、ですか?」
「うん。君はとっても歌が上手でね。時々俺達や屋敷のみんなにも、歌を聴かせてくれていたんだ」
善逸はそう言って、思い出すかのように目を細めた。汐は自分が歌を好きだったという新たな情報を飲み込もうと、目を閉じたその時だった。
「っ・・!」
途端に頭に軽い痛みが走り、汐は咄嗟に頭を抑えた。それを見た善逸は、慌てて汐に駆け寄った。
「汐ちゃん、大丈夫!?やっぱり無理をさせちゃった!?」
「い、いいえ。少し頭が痛くなっただけです。もしかしたら、何か思い出せるかもしれません」
汐はそう言って笑みを浮かべるが、顔色が少し悪く、"音"も少しだが乱れていた。
善逸は、そんな汐に向かって首を横に振ると、きっぱりと言った。
「いや、駄目だ。無理をして君の体調が悪くなったりしたら、本末転倒だ。戻ろう。焦る必要はないから」
善逸はそう言うと、渋る汐の手を引いて屋敷への道を戻った。