第104章 変わり行くもの<壱>
その頃。訓練を午前中で終えた善逸が向かったのは、汐が今使っている病室だった。
善逸は一度深く深呼吸をすると、右手の甲で三度扉をたたいた。
「汐ちゃん、いる?俺だよ、我妻善逸。君とその、少し話がしたいんだ。いいかな?」
すると扉の向こうから、「どうぞ」という汐の声が聞こえた。善逸はそのまま、そっと扉を開けて中に入った。
汐はベッドに座ったまま本を読んでいた。それは、三人娘たちから借りた、海の生き物の図鑑だった。
汐が海で育ったことを聞いていた善逸は、それを見て大きく目を見開いた。
「汐ちゃん、もしかして何か思い出したの!?」
善逸がそう言うと、汐は首を横に振って少し寂しそうな声で答えた。
「いいえ。ただ、何故だかわかりませんが、海の生き物を見ているとなんだか落ち着くんです。全く知らないことばかりなんですけどね」
困ったように笑う彼女から聞こえてくる音に、善逸の胸は締め付けられた。不安と焦りに満ちた、聞くに堪えない音。
善逸はそんな汐の傍に座ると、真剣な表情で口を開いた。
「汐ちゃん。君の記憶が戻るかどうかはわからないけれど、見て欲しい場所があるんだ」
「見て欲しい場所?」
「うん。君の体調がよかったら、の話なんだけれど」
無理はしなくていい、と善逸は言ったが、彼の真剣な顔つきを見て、汐の心に少しだけ波が立った。