第104章 変わり行くもの<壱>
その日の訓練を終えた善逸は、一人部屋に戻る廊下を歩いていた。善逸は、未だに汐が記憶を失っていることに納得ができず、心の中に靄のようなものを抱えていた。
(汐ちゃん、本当に俺たちのこと覚えていないんだ。せっかく意識が戻ったのに、こんなの酷すぎるよ)
変ってしまった汐の音を思い出しながら、善逸は悔しそうに表情をゆがめた。
ぶっきらぼうで、生意気で、乱暴者で。けれど、決して何者にも屈することなく、前を見て自分の足で立っている少女。
態度も口も悪いが、とても優しく、臆病者の自分を奮い立たせてくれた頼れる存在だった。
(炭治郎が目を覚ましたら、きっと悲しむだろうな。だって汐ちゃんは炭治郎の事が・・・)
二か月ほど前のあの時。汐が意識を失う寸前、善逸は彼女が発した言葉を聞いていた。
たった一言の言葉だったが、その言葉には炭治郎への想いが込められていた。
腹立たしいと思う気持ちすら起きない程の、真っ直ぐな想いだった。
(しのぶさんは無理に思い出させない方がいいっていうけれど、汐ちゃんにとって炭治郎への気持ちは原動力だ。このまま思い出せないなんて、あんまりだぞ)
善逸は一つ息をつくと、両手で自分の顔をニ三度叩き、意を決したように顔を上げた。
(よし!)
善逸は意を決したような表情で、自室へと戻っていくのだった。