第103章 決着<肆>
『前も言ったけれど、その旦那様と言うのはやめないか?俺は君を使用人としてここに置いているんじゃないんだ』
男の言葉に少女は顔を上げると、凛とした表情で首を横に振った。
『いいえ。旦那様と奥様は、行き倒れていた私を助けてくださいました。命の恩人である方に尽くすのは、当然の事です』
髪の色と同じ色の真剣な目でそう言い切られ、男は何も言い返すことができず頭を掻いた。
すると、
『あら、すみれを寝かしつけてくれたの?ありがとぉ』
森の奥から籠一杯の山菜を持ち、背中に赤子を背負った、男の妻らしき女がにこにこと笑みを浮かべながらやってきた。
それを見た少女は先ほどと同じように頭を下げると『おかえりなさいませ、奥様』と同じように言った。
『う~ん。やっぱりその"奥様"っていうのは何だか慣れないわねぇ。ねえ、その呼び方じゃなくて、もっと別の呼び方にしてくれない?』
『別の呼び方、とおっしゃいますと?』
『そうねぇ。できれば名前で呼んでくれると嬉しいわぁ』
彼女は屈託のない笑顔でそう言うと、少女は迷うように視線を動かした後、小さな声でつぶやくように言った。
『すやこ様と、炭吉様・・・』
少女の口から出た言葉に二人は顔を見合わせると、炭吉は困ったように笑った。
『ううん、まだ少し固いなぁ』
『でもいいじゃない。旦那様、奥様よりはずっとましよぉ!』
そんな夫の背中を叩きながら、すやこはカラカラと笑い、彼女につられるように炭吉も少女も笑顔になった。
だが、炭吉はそんな少女を見て、微かに表情を曇らせると意を決したように口を開いた。
『まだ、何も思い出せないのかい?』
炭吉の言葉に、少女は少し悲しそうに俯くと、深くうなずいた。