第12章 二つの刃<弐>
(炭治郎は、鬼にも【人】って言葉を使うのか。今しがた自分たちを殺そうとし、錆兎や真菰を殺した敵なのに・・・。この人の眼に、鬼はどう映っているのだろう)
今にも泣きだしそうな表情の炭治郎の背中に、汐はそっと触れた。そんな顔を、眼を、これ以上彼にさせたくはなかった。
「あんたが気に病む必要はない。ここで倒さなかったら、また多くの犠牲者が出てた。あんたは何も悪くない。悪く、ないんだ」
だから、そんな顔をしないでよ。そんな眼をしないでよ。汐は祈るような思いで彼の眼を見据えた。
「汐・・・」
炭治郎は悲しそうな顔をする汐の手を優しく握った。そして少し悲しみを残した笑顔を彼女に向ける。
そして次に思い浮かべたのは、錆兎と真菰の顔だった。
彼らは皆きちんと還ることができただろうか。鱗滝のところへ。
そして炭治郎も、死んだらきっと鱗滝と禰豆子のところへ還っただろうと思った。
でも、それはできなかった。今の自分のそばには汐がいる。それでは鱗滝の約束は果たせない。
やがて空が白みだし、夜が明けたことを告げた。地獄のような夜が、ようやく終わりを告げたのだ。
その後、汐は炭治郎の頭のけがの手当てをした後、滋養のある木の実や山菜を使って簡単な食事を作った。
この間に二人は少しでも体力を回復させなくてはならない。
生き残らなければならないのだ。なんとしても。
それからというものの。炭治郎は鬼と遭遇しては、鬼を人間に戻す方法を聞き出そうとした。
しかし鬼たちは彼の思いなど露知らず、おのれの本能を満たそうと襲い掛かってくるやつばかりだ。
そんな彼らに刃を振るい続ける炭治郎があまりにも悲しくて、汐の心はずっと痛み続けていた。
こんなにやさしい人が、鬼を屠る剣士になる。それはすべて、彼の妹禰豆子のため。
その理不尽さが、彼女の心を突き刺していった。
そしていよいよ、最後の日の夜が明けようとしていた。