第12章 二つの刃<弐>
鬼の腕が頭上から降ってくるが、汐は大きく息を吸った。
――全集中・海の呼吸――
――肆ノ型 勇魚(いさな)昇り!!
強烈な下段構えの斬撃が、瞬時に腕を吹き飛ばす。その威力に伸ばされた腕が硬直し、彼女に足場を作る。
これに完全に動揺した鬼は、炭治郎の存在を失念した。そして彼もまた、後ろから鬼の背中に飛び乗った。
――全集中・海の呼吸――
――全集中・水の呼吸――
二つの呼吸音が前後から迫る。すでに鬼の頸は二人の間合いに入っていた。だが鬼は必死に腕に力を籠め頸を守る。
(大丈夫だ。俺の頸は硬い。あの宍色のガキでさえ斬れなかった。首を斬り損ねたところで、二人とも握りつぶしてやる・・・!)
――結(ゆい)ノ型
――水面飛沫(みなもしぶき)!!!
二つの刃が鬼の頸を綺麗に穿つ。その斬撃の名残が、いくつもの水しぶきの様に鬼の前に降り注いだ。
鬼はその光景に覚えがあった。かつて自分を追い詰め捕らえた憎き鬼狩り。その二人の姿が、目の前の二人に綺麗に重なる。
逆巻く風のような音と、地の底から響いてくるような音。
「鱗滝!|大海原!」
そして気が付けば、二つの刃は鬼の頸を穿ち落としてた。
鬼の頸が地面に転がり、体は灰になり崩れていく。鬼は悔し気に目を動かした。目をそらしたかった。最期に見るのが鬼狩りの顔だなんて・・・
だが、鬼が見たのは自分に悲しくも優しい眼を向ける炭治郎の姿だった。
炭治郎は崩れつつある鬼の体にそっと近づく。そしてそっと、その手を握り祈るように額に押し付けた。
――神様。どうか、この人が今度生まれてくるときは、鬼になんてなりませんように
汐は何かを言おうと口を開いたが、言葉が出てこなかった。炭治郎の眼があまりにも悲しかったからだ。
鬼はそんな彼を見て、大粒の涙を流しながら静かに消えていった。