第95章 バケモノ<肆>
「大海原ーーッ!!!」
宇髄の叫び声があたり中に響き渡る中、男の鬼は眉をひそめた。
鬼は確かに汐の喉を切り裂いていた。
だが、その斬った手ごたえがどうもおかしい。
今まで何度も行ってきた、人間を斬った手ごたえではなかった。
鬼が瞬きをした瞬間、彼は目の前のものをみて大きく目を見開いた。汐を斬ったはずのそれは、中心から大きく切り裂かれた行燈に変わっていた。
「なぁにぃぃ?」
顔に驚愕を張り付ける鬼の背後で、凛とした声が響いた。
――ウタカタ・肆ノ旋律――
――幻惑歌(げんわくか)
鬼が振り返ると、汐は初めに遭遇した時と同じ姿で、宇髄の隣に立っていた。いきなり現れた彼女に、鬼は勿論宇髄ですら目を向いた。
(おいおい、幻覚まで見せられるのかよ。とんでもねぇ娘だな・・・)
そんなことを考えている宇髄の傍で、汐の顔から汗が一筋零れたかと思うと、突然彼女の顔中から汗が噴き出した。
「び、びびび、びっくりしたぁ!し、し、し死ぬかとおもももも・・・」
余程危なかったのだろうか、汐の涼しい顔は崩れ去り善逸のようなおかしな顔になっていた。そんな様子の汐に宇髄は呆れつつも彼女の無事をとりあえずは喜んだ。
一方、思わぬところで攻撃を躱された鬼は、頭を掻き毟りながら首を直角に曲げて汐を睨みつけていた。
「青い髪におかしな歌・・・。そうかあぁ、お前が例のワダツミの子って奴かぁああ」
地を這うような悍ましい声で身体を揺らしながらそう言う鬼に、汐の身体が震えた。堕姫とは違い、その姿は醜悪で正に幽鬼ともいえるものだった。
「お兄ちゃん!!その女よ!アタシの事阿婆擦れ婆だとか尻軽とか悪口言ったの!!殺してよ!!その女絶対に殺してよぉ!!」
堕姫は汐を指さしながら泣きわめき、お兄ちゃんと呼ばれた鬼は目を細めて再び汐を睨みつけた。
その瞬間。
鬼が動くと同時に、宇髄は突然汐の胸ぐらをつかむとそのまま窓の外に放り投げた。
そのまま成す術もなく落ちていく汐が最後に見たのは、鬼と宇髄が切り結ぶ瞬間だった。