第93章 バケモノ<弐>
「どけ!!ガキ!!」
激昂した堕姫は、背中の帯をいくつも振り、禰豆子の全身を薙いだ。両腕、両足、そして頸がずるりとずれ血が漏れ出していく。
(細かく刻んで、帯に取り込んでやる!!)
だが、禰豆子を薙ごうとした帯は突如、斬られた手によって阻まれその動きを止めた。これには堕姫の顔が思わず引き攣る。
(止めた!?切断した肢体で!?いや、切断できてない。血が固まって・・・)
禰豆子の血は、まるで糸のように切断された身体をつなぎ止めていた。そしてその返り血は堕姫の身体にも付着し、次の瞬間には一気に燃え上がった。
「ギャアア!!」
自分の身体を燃やす炎の熱に、堕姫は悲鳴を上げながらのたうち回った。血のような真っ赤な炎が、堕姫の全身を容赦なく焼いていく。
(燃えてる・・・!!返り血が・・・!!火・・・火ィ・・・!!)
その時、一瞬だが堕姫の脳裏に真っ黒に焦げた自分の両腕が映った。脳が揺さぶられ、心臓が大きな音を立てて脈打つ。
その間に禰豆子は固まった自分の血ごと、まるで磁石のように身体を引き寄せ付着させた。その傷口は瞬時に塞がり、そのまま堕姫の頭を踏みつけた。
一度だけではない。二度、三度、何度も・・・。
いつもの禰豆子なら考えられない程の残虐な行動を、誰も見ている者も止める者もいなかった。
そのまま禰豆子は堕姫の身体を思い切り蹴り飛ばし、建物の壁に叩きつけた。堕姫の身体はいくつもの建物を貫通し、遠く遠くへ吹き飛んでいく。
やがて禰豆子は堕姫を追って、自分が開けた穴から建物の中へと足を進めた。先ほど痛めつけられたせいか、全身からは汗が吹き出し呼吸も荒くなっていた。
そのまま覚束ない足取りで歩く禰豆子の傍らで、ガタリという大きな音がした。
禰豆子が視線を向ければ、そこには頭を抱えて震えている二人の遊女と、腕から血を流して立ち尽くしている遊女の姿があった。
「ギャアアアッ!」
その流れ出る血を見た瞬間。禰豆子は獣のような咆哮を上げながら、遊女に一直線に躍りかかった。