第92章 バケモノ<壱>
汐の鉢巻きにはもう一つ秘密があった。水にぬれれば強い伸縮性を持つものだが、鬼の血にぬれれば鋼のように硬質化する。
堕姫の血で濡れた鉢巻きは、槍のように堕姫の帯を貫き張り付けた。
「それで止めたつもり!?弾き飛ばしてやる!!」
堕姫が帯を思い切り引くが、鉢巻きは抜けずその隙を狙って汐が眼前に飛び込んできた。汐の刀が緋色にきらめいたかと思うと、次の瞬間に帯はバラバラに切り刻まれていた。
その隙を狙って汐は再び刃を堕姫の頸へと滑らせた。
(もう痛みを恐れる必要はない。何も痛くなんてない。殺したい!!殺したい!!鬼をもっともっと殺したい!!)
汐は刃を振るうことにもはや快感すら感じていた。この鬼を殺し、この世の全ての鬼を一匹も残さず殺し尽くせたらどんなにいいだろうとさえ思っていた。
だが、汐の刃が頸に届こうとしたその瞬間だった。
「ごぼっ!!!」
汐の口から大量のどす黒い血が吹き出し、そのまま重力に従って崩れ落ちた。
「がっ、げえっ・・・ぐぐっ・・・!!」
そのまま汐は口から血の塊と内容物を次々に吐きだし、堕姫の足元を染めていく。
いくら痛みを遮断できるといっても、汐の身体は人間だった。
人間には限界がある。それは体力の限界と命の限界。汐がまだ人間である以上、命の限界を超えることはできなかった。
汐の身体は限界をとうに超えていた。それでも動けたのは、異常なほどの痛みに対する耐性と、鬼へ向ける尋常ならざる殺意があってこそ。だがそれだけで永遠に戦い続けることはできなかった。