第92章 バケモノ<壱>
蹲る汐を、堕姫は見下ろしながら吐き捨てるように言った。
「醜い、臭い、不愉快。アンタを見ていると本当に苛々する。前もおかしな男がアタシの獲物を根こそぎかっさらっていったことがあったけれど、あの時と同じくらいアンタも不快でたまらない」
それから堕姫は汐の髪の毛を乱暴に掴んで引っ張ると、汐の血まみれの顔を汚いものを見るような眼で見ながら言った。
「惨めよね、人間っていうのは本当に。どれだけ必死でも、所詮はこの程度だもの。可哀想なのは一体どっちなのかしら?」
堕姫が嘲るように言うと、汐は小さく息を整えて堕姫を見据えた後、その顔に血の混じった唾を吐きかけた。
赤く粘り気のある液体が堕姫の頬に付着し、赤い線を引いていく。
「くたばれ・・・尻軽糞女」
汐の口から言葉が零れた瞬間、堕姫は顔を思い切りゆがませ汐の顔を瓦に叩きつけた。
「どこまでアタシをおちょくれば気が済むんだ。アンタは手足をもぎ取って内臓を引きずり出して苦しませてから殺してや――」
しかし堕姫の言葉は突如後頭部に走った衝撃により続けられることはなかった。
堕姫はそのままごろごろと屋根の上を吹き飛び、後方へを転がっていった。
汐は急激に解放された理由を知ろうと、思い頭を必死で上げた。そこに立っていたのは、
汐を庇うように立ち、全身から血管を浮き上がらせて荒く息をつく禰豆子だった。
「ね・・・ね・・・ず・・・こ・・・」
なんであんたがここに?炭治郎は?聞きたいことは山ほどあったが、汐の意識は深い闇の中に成す術もなく落ちていくのだった。