第92章 バケモノ<壱>
血鬼術 “八重帯斬り”
激高した堕姫は、身体を震わせると帯を格子状に展開し汐の周りを覆うように広げた。だが、汐は全く怯むことなくその口を開いた。
伍ノ旋律――
――爆砕歌!!!
爆砕歌の衝撃が帯を一瞬だけ吹き飛ばすが、帯は直ぐに再生し汐の身体を滑った。血が霧のように舞い、汐の身体を染めていく。
だが、汐は痛がる様子も見せず、右手を振りその飛沫を堕姫の両目へと叩きつけた。
「っ!!」
両目を塞がれた一瞬の隙に、汐は右手で堕姫の左腕を掴むと、思い切り引き千切った。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ーー!!!」
堕姫の濁った悲鳴と、筋繊維が千切れる音が響き、僅かに動きが止まる。その一瞬の隙に、汐は残った腕を斬り落とすと刃を堕姫の頸に押し付けた。
しかしやはり頸はぐにゃりとたわみ、斬られるのを防いだ。汐はそんな状況に一切臆すことなく、右手で刀の刃の部分を持ち、ねじり切ろうとした。
「調子に乗るな!この売女が!!」
堕姫は再生した腕で汐の頭を掴むと、そのまま握りつぶそうと力を込めた。だが、汐は堕姫の胸を蹴り砕くと、引き千切った堕姫の腕を砕いた穴に突き刺し串刺しの状態にした。
そのまま頸を斬り落とそうとするが、帯に阻まれ汐はやむを得ず間合いを取る。堕姫は胸に突き刺さる腕だったものを引き抜き投げ捨てると、再び汐に向かって帯を放った。
(何なの、何なのよこいつ!アタシさっき、こいつの体帯で斬ったはずよ。少しだけど手ごたえがあったもの。それにこんな激しい動きなんてしたら身体が裂けるわよ。普通・・・)
帯は使い魔たちが戻ったせいか先ほどよりも硬度も早さも増しているはずだった。しかし汐の斬撃はそれを上回る速さで帯を叩き落し、動きも先ほどとは比べ物にならない程上がっていた。
(おかしい、おかしい!痛みを感じないの?こいつは本当に人間なの?そもそも、アタシの身体を素手で引き千切るなんて普通出来るわけがない。何なの、何なのこいつは!?)
堕姫はたまらず帯で自分の身体を覆い、守りに入ろうと試みた。汐の刀が帯に当たり、金属音が高らかに響く。
だが、
「!?」
帯の隙間から覗く汐の眼に、堕姫の身体が震えあがった。そこにあったのは人間性を完全に捨てた、殺意しか宿っていない漆黒の瞳。
その殺意は堕姫を初めて、【狩られる恐怖】へと誘った。