第92章 バケモノ<壱>
汐の傍で倒れ伏す炭治郎の背からは血があふれ出し、彼の羽織を赤黒く染めていく。しかし炭治郎の口からか細く漏れる小さな息が、彼がまだ生きていることを物語っていた。
そして、二人に怒号を浴びせた男は、左手首の先を斬り落とされそこから大量の血があふれ出していた。
周りは瓦礫と化した建物に交じって、体の一部を斬り落とされた人間たちがあちこちに倒れ伏しており、近しい者の泣き叫ぶ声が聞こえてきた。
そんな阿鼻叫喚の中、汐はぐったりしている炭治郎の耳元に唇を寄せると小さな声で言った。
「炭治郎。あんたは呼吸で止血して。それから後ろのあんた。腕をきつく縛って止血し、即刻この場所を離れろ」
それだけを言うと汐は、そのまま背を向け立ち去ろうとする堕姫に向かって口を開いた。
「おい・・・。どこへ行くつもりだ。こんなふざけた真似をしておいて」
地を這うような低い声に男は背を震わせ、堕姫は怪訝な顔でこちらを振り返った。
「はあ?まだ何かあるの?もういいわよ雌豚。醜い人間に生きている価値なんてないんだから。みんな仲良く死に腐れろ」
堕姫が吐き捨てるようにそう言って再び背を向けた瞬間、凄まじい殺気を感じて弾かれるように振り返った。
先ほどまで汐がいた場所には誰もおらず、いつの間にか堕姫の眼前に藍色の刃が迫っていた。
「っ!?」
堕姫は慌てて帯を振るうが、その帯は空を切り別の建物を切り裂いた。水回りだったのか水が吹き出し、その水が間合いを取った汐の身体に降り注ぐ。
そしてその水は汐の髪を染めていた偽りの色を洗い流し、本来の真っ青な髪の色を堕姫の目に映した。
「青い・・・髪・・・!!」
その青が目に入った瞬間、堕姫の脳裏に無惨の言葉が蘇った。