第2章 嵐の前の静けさ<壱>
「た、たた、大変だ!誰か来てくれ!」
声のした方に皆が振り返ると、そこには頭から血を流した男が、おぼつかない足取りでこちらへやってきているところだった。
すぐさま汐は男に駆け寄り、倒れこむ男を受け止める。それから村人たちが集まり、男の介抱を始めた。
「どうした!?何があった!?」
庄吉が声を上げると、男は震える声で「入り江に、海賊が・・・」と答えた。
「なんだって!?」
ただならぬ言葉に、村人たちの間にたちまち動揺が広がる。
騒ぎ出す村人を制止し、汐は口を開いた。
「入り江って、あの鯨岩の?」
「そ、そうだ。あそこの、し、仕掛けを回収しようと、したら、と、突然襲われて・・・」
それだけを言うと、男はそのまま気を失ってしまった。
「おい、この村から近い場所だぞ。まずいんじゃないか?」
「まずいなんてもんじゃない。奴らの狙いは、この村の略奪だよ。近況を見越して寄ってきたってことだね」
祭りが近いこの状況で、それは絶対にあってはならない。そのようなことになれば祭りの準備をしてきた者たちや、ワダツミの子に選ばれた絹の努力がすべて水泡に帰してしまう。
汐はしばらく考えた後、立ち上がって静かに口を開いた。
「・・・話をつけてくる」
この言葉に、一部の村人の顔色は一瞬で変わった。
「無茶だ!相手は海賊だぞ!?話し合いに応じるはずがない!」
「心配しなくても大丈夫。腕には多少自信はあるし、それに、あたし一人で行くわけじゃない。みんなにも手伝ってもらうから」
そういって汐は、後ろにいた屈強な漁師たちを一瞥する。彼女の視線を受けると、みな力強く笑った。
汐は女子供たちに家から出ないように言いつけると、自分は単身で海賊たちの元へ向かった。
力のありそうな大人たちは、海賊を拘束できるような物を持ち、汐の指示に従う。
「いい?もしもの時はあたしが連中をおとなしくさせるから、みんなはその隙をついて捕まえて。絶対に殺しちゃだめだよ」
それだけを告げると、汐は意を決して海賊たちの元へ足を進めた。