第2章 嵐の前の静けさ<壱>
その日は、運が良かったのか朝餉十分すぎるほどの獲物が取れた。それからほかの漁師の罠がきちんとされているか確認をした後、汐は村へと戻った。
裾を縛って余分な海水を落としていると、漁の準備をしていた漁師たちが汐の姿を見つけて寄ってくる。
「汐じゃないか!またいつもの海中散歩か?おお、今日はずいぶんたくさんとれたな。」
「うん。今日は特に海が穏やかだったから、濁りも少ないし大漁だったよ。あ、そうだ。よかったら少し持っていかない?」
「いいのかい?助かるよ。これで母ちゃんにどやされずに済むってもんだ」
「お前さんはもう少し汐を見習うべきだと思うぜ?」
漁師たちの他愛ない会話を聞きながら、汐はにっこりとほほ笑んだ。
「ところでおじさん。絹がいないけど、祭の歌の練習?」
「ああ。もうすぐ祭りが近いからな。今年はワダツミの子に選ばれたから、えらく張り切ってるよ」
そういう彼の顔は、うれしさを隠しきれないのか綻んでいた。
この村には昔から海の女神ワダツミヒメを鎮める祭りがある。その際に行われる歌を披露する巫女をワダツミの子という。
今年は庄吉の娘絹が、その役に選ばれたのだ。
「しかし俺は今年は汐が選ばれると思ったんだがなあ。何せ、青い髪の娘は珍しいから」
「無理に決まってるよ!だって絹姉ちゃんのほうが美人だもん!汐姉ちゃんは男っぽいし!」
「そうだね。って、今男って言ったやつ誰だ!?出てこいコラ!!」
村の子供たちがはやし立て、それを真に受けた汐は真っ赤になって子供を追い回す。それを巧みに避ける子供たち。
騒がしくも楽しげな鬼ごっこを人々はほほえましく眺めている。
だが、それは突然発せられた大声によって終わりを迎えた。