第90章 蠢く脅威<参>
「ここなら大丈夫か」
今は使われていない空き部屋に眠っている鯉夏を静かに下ろしながら、隊服に身を包んだ炭治郎は小さく息をついた。
目の前で目を閉じている彼女の顔を見ながら、炭治郎はぎゅっと目を細めた。
「う・・・ん・・・」
すると横たえた鯉夏の瞼が震え、ゆっくりと開いて炭治郎を映した。
「炭、ちゃん?私どうして・・・。それにその恰好は・・・」
「手荒な真似をしてすみません。あなたの身に危険が迫っているとのことで、不本意でしたが守るためにこのような手段を取らせていただきました」
炭治郎は深々と頭を下げると、真剣な表情で鯉夏を見据えながら言った。
「それと、訳あって女性の姿でしたが、俺は男なんです」
炭治郎がそう言うと、鯉夏は特に驚いた様子も見せず「あ、それは知っていたわ。見ればわかるし、声も女の子にしては低いし、何より汐子ちゃんから聞いていたもの」と答えた。
途端に炭治郎の顔が何とも言えない表情になり、一瞬の沈黙の後炭治郎は慌てた様子で口を開いた。
「あ、で、でも!汐・・・汐子は俺と違って本当の女の子で・・・!」
「大丈夫、わかっているわ。そう、あの子の本当の名前は汐ちゃんと言うのね」
鯉夏は安心したような少しだけ寂しいような不思議な表情で炭治郎を見た。
「少し前にあの子と話をしたときに言われたの。何も心配する必要はない。笑顔を忘れないでって。でもそう言った彼女は少しだけ悲しい眼をしていたわ。私にはわからないけれど、あの子もきっととても辛く悲しい思いをしてきたのね」
鯉夏の言葉に炭治郎は目を伏せ、残してきた汐のことを想った。
鬼となった育ての親を斬り、特殊な声を持つため鬼に命を狙われる。そんな凄惨な過去と宿命を持つ彼女は、決して何者にも屈せず自分の意思と足で前に進んでいる。
その強さと誇り高き精神に、炭治郎は何度も救われ支えられてきた。