第89章 蠢く脅威<弐>
「私、明日にはこの町を出て行くの」
「え?それって、身請けされたってこと?」
「ええ。こんな私でも奥さんにしてくれる人がいて、今、本当に幸せなの。でも、だからこそ残していく皆のことが心配で堪らなかった・・・。嫌な感じがする出来事があっても、私には調べる術すらない。あなたにも炭ちゃんにもいなくなってほしくないのよ」
そう言う彼女の眼には悲しみが見え隠れし、せっかくの幸せの眼が曇ってしまっていた。そんな彼女に、汐は凛とした声で言い放った。
「あなたは何も心配することはない。あたしはあなたに会って間もないから、あなたがここでどれ程辛い思いをしたのか全部はわからない。けど、だからこそ不幸を味わっている人こそ、幸せになってもらいたい。辛い思いをした分、否それ以上にあなたは幸せになるべきなのよ。だからあなたはここを出ても、あなたの傍にいる人のためにも、その笑顔を決して忘れないで」
鯉夏は大きく目を見開いて目の前の少女を見つめた。普通に生きてきた少女には決して出せない程の、渋く重厚な言葉の重み。
それはまるで、辛い思いをしている者をずっとそばで見てきたような。
「あなたは強い子ね。その強さはきっと大切な人が傍にいるからね」
大切な人、という言葉を聞いて、汐の脳裏に浮かんだのは炭治郎の顔。
その瞬間汐の顔が真っ赤に染まり、鯉夏はくすくすと笑った。