第89章 蠢く脅威<弐>
「え?」
鯉夏から告げられた言葉に、汐は思わず声を失った。彼女の眼は少しも揺れておらず自分の言葉に確信を持っているようだ。
(何よアイツ・・・バレてるんじゃないのよ・・・!)
顔を引き攣らせる汐に、鯉夏は彼女を安心させるような声色で言った。
「安心して。このことを他言するつもりはないわ。あなたも彼も、何か事情があるのよね?」
鯉夏の言葉に汐は少しばかり警戒したが、その言葉に嘘偽りはないようだ。
「いつからあいつ、炭子が男であることに気づいてたの?」
汐はいつもの口調に戻りながら鯉夏に尋ねれば、彼女は「初めから」と答えた。
「騙すような真似をしてごめんなさい。だけど須磨さんを心配しているのはあたしもあいつも嘘じゃない。詳しくは言えないけれど、いなくなった人たちはあたしたちが必ず助け出すわ。だから、信じて」
汐の言葉に鯉夏は驚き、目を見開いた。それはかつて。海旦那と呼ばれた男が帰る間際に残していた、もう一つの言葉。
――必ず助けてやる。だから、俺を信じろ
「もしかしてあなたは、海旦那様の・・・いえ、やめておきましょう。ありがとう、汐子ちゃん。少し安心できたわ。それと、私があなたを呼んだのはあなたにもう一つ伝えなければならないことがあるの」
鯉夏はそう言ってもう一度目を伏せると、嬉しさと寂しさを孕んだ声色で告げた。