第89章 蠢く脅威<弐>
その夜。汐は他の禿に混ざって仕事をこなしていると。一人の店の者が慌てた様子で汐を呼び来た。
「汐子。大変だよ」
「ど、どうしたの?」
明らかに普通じゃない眼をしている彼女に、汐は何事かと思い思わず手を止め問いかけた。
「鯉夏花魁があんたに会いたがっているんだよ」
「え?鯉夏花魁が!?」
普通ならありえない事態に汐の頭は混乱したが、呼ばれている以上従わないわけにはいかない上、緊急事態かもしれない。
汐は仕事を他の者に任せると、急いで鯉夏の部屋へと足を進めた。
「こんばんわ、鯉夏花魁。汐子です」
襖の前でそう告げると、中から「入って頂戴」という鯉夏の声が聞こえた。
「失礼します」
汐は一言断りながら襖をあけ中へと入れば、そこには鏡を見つめている鯉夏の姿があった。
(禿たちがいない。夕食に行ったのかしら)
汐が辺りを見回しながらそんなことを考えていると、鯉夏はゆっくりと汐の方を振り返った。
「来てくれたのね、ありがとう」
「いえ。それよりあたしに何か用が?」
汐が思わず問いかけると、鯉夏は少しだけ困惑した顔をしながら意を決したように口を開いた。
「込み入った話で申し訳ないけれど、須磨ちゃんも炭ちゃんも、貴女の本当の姉妹じゃないのよね?ううん、それどころか、炭ちゃんは本当は男の子よね?」
その声が耳に入った瞬間、汐は身体に冷たいものが流れていくような感覚を感じた。