第11章 二つの刃<壱>
いくつもの手が複雑に絡み合ったような姿をした、かなりの大きさの鬼だ。頸があると思われる位置には手が巻き付いており、その眼は血走り金色の瞳が絶えずぎょろぎょろと動いている。そのあまりの醜悪さに汐は吐き気を覚え、無意識に炭治郎の着物を握りしめた。
片腕につかまれていたのは参加者と思われる血まみれの人間。
鬼はそれを二人の目の前で大口を開けてむさぼる。すると鬼の体がミシミシと音を立てて大きくなった。
鬼は二人には気づかずに通り過ぎようとする。先ほど逃げた参加者を追っていたためだ。
そして鬼は腕の一本をゴムの様に伸ばし、先を走る参加者の足をつかんだ。
悲鳴を上げて鬼のほうに引き寄せられていく参加者。このままでは間違いなく食べられてしまうだろう。
そんな彼を炭治郎は見捨てることができなかった。そのまま汐が止める間もなく鬼に向かって技を放った。
「炭治郎!?」
汐は思わず叫んだ。炭治郎の刃は参加者をつかんでいた腕を見事に斬り落としたが、自分の存在が鬼にばれてしまった。
鬼の眼が炭治郎を捉える。そして奴は口を腕の中に隠したまま、意地悪く笑った。
また来たな。俺のかわいい【狐】が」
「「また?」」
鬼の言葉の意味が分からず、二人は同じ言葉を繰り返す。鬼はそれに気づかぬまま炭治郎に向かって声をかけた。
「狐小僧。今は、【明治】何年だ?」
「今は、大正時代だ」
炭治郎は一瞬困惑したが、鬼の問いに素直に答えた。
鬼は「たいしょう?」と小さくつぶやき、眼をわずかに動かしたその刹那。
「アァアアア年号がァ!!年号が変わっている!!」
突如体中の腕という腕をきしませながら、鬼が叫んだ。足を踏み鳴らし、あちこちを掻きむしり、血飛沫を飛ばしてわめき続ける。
その異様な光景に、炭治郎たちは呆然と鬼を見つめるしかなかった。