第88章 蠢く脅威<壱>
(どれだけ人手不足なのよ、この店)
汐は呆れつつも、思わぬ形で舞い込んできた好機を逃がすまいとすぐさま鯉夏の部屋に足を進めた。
「失礼しまぁす」
汐が襖の向こうに声をかけると、少し間を開けて襖が開き中へと通された。
中には既に二人の禿がおり、既にある荷物の整理をしていた。
「これ、鯉夏花魁の部屋に届けてくれって言われたの。それで、鯉夏花魁は何処に・・・」
「私に何か御用?」
汐がそこまで言いかけた時、奥の襖がそっと開いて鯉夏がゆっくりと顔を出した。
あの時見た美貌が不意に目の前に現れて、汐は思わず面食らう。
「嗚呼、届けてくれたのね。ありがとう。あら、あなたは確か、入ったばかりの汐子ちゃんだったかしら」
「あ、はい。でも何で知って・・・」
「店中の噂になっていたもの。私も一度あなたに会ってみたいと思っていたのよ」
そう言ってほほ笑む鯉夏に、汐の頬に熱が籠った。だが、汐は彼女の眼に微かな悲しみが宿っているのを見て、少しだけ胸が痛んだ。
「私の顔に何かついてる?」
「あ、い、いえ。物騒な噂話が絶えないから、大丈夫かなって思って」
汐がしどろもどろにになりながら答えると、鯉夏は少しだけ視線を落としながらぽつりと漏らすように言った。
「そうね。最近怖いことが多いからみんな怖がっているの。いなくなってしまった人もいるのは本当だし、そういう人たちはちゃんと逃げきれていればいいんだけれどね。須磨ちゃんも・・・」
「やっぱり須磨花魁がいなくなったっていうのは本当、なんですね」
汐がそう言うと、鯉夏は「あなたも須磨ちゃんを捜しているの?」と疑惑の目を向けた。