第87章 鬼潜む花街<肆>
(とりあえずは、店の構図の把握と須磨さんの情報を集めることを最優先にしないと。あたしが表立って動けないときは炭治郎、頼むわよ)
汐はそのまま女将の元へ足を進めていたのだが、廊下の隅で二人の遊女がひそひそと何かを話しているのが目に入った。
そのまま襖の影に入り、その話に聞き耳を立てる。
「やっぱり気味が悪いねぇ。二日前に死んだの、京極屋の楼主の女将さんでしょう?」
「高いところから落ちたらしい。最近は足抜けする連中も多くてどうなっているんだか・・・」
足抜けという言葉を、汐は以前玄海から聞いて知っていた。足抜けとは借金を返さず、遊女が遊郭から脱走すること。
見つかれば死よりも辛く屈辱的な制裁が待っている。
うまく逃げ延びた者もいるのだろうが、大概は見つかり制裁を受ける者が殆どだという。
(京極屋。確か雛鶴さんがいる店で、善逸がいるところね。転落死に足抜け。穏やかじゃないわね)
「足抜けなんて馬鹿なことを。耐え忍べばいつか手を差し伸べる者もいるかもしれないのに」
「そりゃあ夢物語さ。あの伝説の海旦那のような男なんざ、早々現れるもんじゃない」
「だろうね、言ってみただけ。須磨花魁に然り、何を考えているんだか」
須磨花魁!その名前を聞いた瞬間、汐の目が鋭くなった。おそらく宇髄の妻の一人、須磨の事だろう。
(だけど本名のまま潜入ってどうなの?あ、元忍びだから、字って奴かしら。ってそうじゃない。何とか須磨さんのことを聞きださないと)
だが、汐が出て行こうとしたとき不意に誰かに手を掴まれた。
「こら!なかなか戻ってこないと思ったら、こんなところで何をしてるんだい!」
先程汐をめかしつけてくれた女の一人が、般若のような顔で汐の腕を掴み、その声に気づいた二人の遊女はそそくさとその場を去って行った。
須磨のことを聞きそびれたことに悔しさをかみしめながら、汐は引きずられていくのだった。