第87章 鬼潜む花街<肆>
(全く。どうしてこうなった)
日の当たる空き部屋で眠る炭治郎を見つめながら、汐は小さく息を吐いた。
あの後気を失ってしまった炭治郎を、汐は一緒に育った幼馴染だから介抱すると無理を言って休憩に使っている部屋に運び込み、目を覚ますのを待っていた。
(とりあえず何とかうまく潜入できたのはいいけれど、話に聞いていた以上にここは地獄のようね)
ここに来るまでの間、汐は何人かの遊女や禿とすれ違ったが、殆どが眼に悲しみを宿しながら無理やり笑顔を作っている者達ばかりだった。
――男の天国、女の地獄。かつて通い詰めていた玄海がよく言っていた言葉だが、いざ目の当たりにしてそれが理解できた。
遊郭とは男にとっては夢を見ることができる場所だが、ここで働く女達は莫大な借金を背負っておりそれを返済するために、望まないこともしなければならない。
そんなところに鬼が潜んでいるとなれば、地獄の中の地獄といっても決して大げさではないのだ。
汐は眠る炭治郎を見て、結わえた髪の付け根が少し赤くなっているのに気づいた。女将が炭治郎の額に傷があることで憤ったという話を聞いていたせいか、彼がひどい目に遭ったのだとすぐにわかった。
「本当に胸糞悪いところだわ」
汐が小さくそんなことを呟いたその時。
「う・・・」
炭治郎の瞼が微かに震えたかと思うと、ゆっくりと目を開け汐の顔を映した。