第87章 鬼潜む花街<肆>
そこにいたのは、先ほどまでとは全く別人になった汐基汐子だった。
はっきりとした顔立ちに、前を見据える鋭い視線。何事にも動じない泰然自若とした態度。そして若い娘とは思えないにじみ出た色香。
その凛とした風体に、皆は息をのみ言葉を失った。
「と、とんでもない娘だ。昔、派手な出で立ちで名をはせた遊女がいたが、その再来かもしれん」
汐を見た楼主は、小刻みに体を震わせながら汐を見つめ、女将は思わぬ原石に目を見張った。
(な、何だかみんなすごい眼であたしを見ているわ。あたしそんなに別人になったのかしら)
汐はそんなことをぼんやりと考えながらあたりを見回していると、不意に何かが床に叩きつけられるような大きな音がして肩を震わせた。
そして間髪入れずに聞こえてきた言葉に、顔を引き攣らせる。
「炭子ちゃん!?大丈夫!?」
炭子という名を聞いて立ち上がってみれば、全身を真っ赤にして目を回して倒れている炭治郎の姿が目に入った。
「た・・・炭子!?あんた何やってんのよ!?」
汐はわき目も触れず炭治郎の元に駆け寄り、思わず声を上げれば、その声を聞いた女将の顔がパッと明るくなった。
「なんていい声なの!これは思わぬ掘り出し物が手に入ったわ。もしかしたら鯉夏と同じ、いやそれ以上の花形になるかもしれないわね!」
慌てふためく汐の後ろ姿を見て、女将は鼻息を荒くし、汐を徹底的に鍛えると意気込むのだった。