第86章 鬼潜む花街<参>
一方京極屋に押し付けられる形で入った善子、基善逸は鬼気迫る顔で三味線の稽古に励んでいた。
彼の耳がいいことが幸いに、一度聴いた音はすべて覚えてしまうため、三味線でも琴でもなんでも弾けるとのことだ。
しかし皆が危惧するのは、彼、基彼女の顔。あの化粧を落とさずそのままでいたため、微妙な顔のままだったのだ。
「あの子連れてきたのがもんのすごいいい男だったらしいわよ!遣手婆がポッとなっちゃってさ。一部では“海旦那”の再来、なんて言われてるらしいわよ」
「へぇ!あの伝説の海旦那の!?みたかった!」
女たちがそんな話をしていると、一人の遊女が善逸を見ながら小さく笑った。
「アタイには分かるよ。あの子はのしあがるね」
「ええ?」
「自分を捨てた男、見返してやろうっていう気概を感じる。そういう子は強いんだよ」
彼女の言う通り、善逸は自分をぞんざいに扱った宇髄に対して悔しさに涙を流しながら、心の中で叫んだ。
(見返してやるあの男・・・!!アタイ絶対吉原一の花魁になる!!)
しかしその野望は、決して叶うことはないのであった。