第86章 鬼潜む花街<参>
「歩くの遅っ。山の中にいたらすぐ殺されるぜ」
だが、そんな伊之助を背後からじっと目を皿のようにして見つめる一人の中老の女性がいた。彼女は伊之助をしばらく見つめていたが、すぐさま宇髄に向き合うとはっきりした声で告げた。
「ちょいと旦那。この子うちで引き取らせて貰うよ。いいかい?」
いきなり声をかけられ汐達は勿論、宇髄でさえ目を丸くしたが、女性が意味深な笑みを浮かべながら名を名乗ると空気が一変した。
「『荻本屋』の遣手・・・アタシの目に狂いはないさ」
「“荻本屋”さん!そりゃありがたい!」
そう言って手を合わせる宇髄の眼は、本当にうれしそうに輝き、伊之助は一言も発する間もなく女性に連れられて人ごみの中に消えていった。
残された汐と善逸は、呆然と二人の背中を見つめ、そんな二人を宇髄は呆れたように見つめる。
(やだ、アタイ達だけ余ってる)
(何なのこれ。なんで野郎二人があっさり売れて、あたしがこいつと残るのよ)
不服に顔を歪ませながらも汐は最後の候補、京極屋へ交渉をしてみようと宇髄を促し、二人は重い足取りのまま店へ向かった。
しかしそこで待っていたのは・・・
「・・・というわけでこいつら好きに使ってください。便所掃除でも何でもいいんで、いっそタダでもいいんでこいつらは」
宇髄は汐と善逸の頭をべしべしと叩きながら交渉するが、京極屋が仕方なしに受け入れたのは――善逸一人だった。
理由を聞けば、汐は小生意気そうなうえなんだか近寄りがたい雰囲気を感じる、とのことだった。
その残酷すぎる事実を象徴するがごとく、汐の周りを冷たい風が吹き髪を揺らしていく。