第83章 幕間その伍:紡ぎ歌(栗花落カナヲ編)
その夜。
(あ゛~~、疲れた・・・)
汐は疲労がたまった身体を、一人で入るには大きすぎる湯船にだらりと垂らしながら心の中でつぶやいた。今日の稽古は甘露寺の他、伊黒の拷問に近い訓練も加わり、体についた傷がお湯に沁みて鈍く痛む。
(あの蛇男、絶対に個人的な恨みの感情をあたしに向けてるわ。あたしに向けている眼とみっちゃんに向けている眼が明らかに違うもの。柱って本当に変態ばっかりだわ)
そんなことを考えながら、窓からのぞく星空を見つめていた汐だが、不意に昼間のことがよみがえった。
それはカナヲの事。きよの話では、以前に比べ自主的に動くことができるようになったということだが、自分が話しかけようとしたときは逃げてしまっていた。
眼を見る限り悪い感情は見えなかったが、やはり逃げられてしまったということは汐にとっては悲しかった。
(あたし、カナヲに嫌われてるのかな。確かに最初はいい感情は持ってなかったけれど、あたし達が前に進めたのはあの子のお陰なのは確かなのに)
「は~あ・・・」
汐が大きなため息をきながら背を伸ばそうとした、その時だった。
「駄目よ、しおちゃん。溜息を一つつくと、幸せが一つ逃げちゃうんだから」
背後から声が下かと思うと、突然後ろから二本の腕が伸びてきて優しく抱きしめられ汐の体が跳ねた。背中に当たる柔らかい感触に思わず震える。
甘露寺蜜璃が一糸まとわぬ姿で、汐に抱き着いていた。
「え、みっちゃん!?帰ってたの!?っていうか、なんで入って・・・」
「思ったよりも仕事が早く片付いちゃって、家に帰るよりもここの方が近いから、今日は止まって行こうと思ったの」
「だったら入る前に声くらいかけてよ。あ~もう、びっくりして心臓が口からまろび出るところだっ・・・」
汐はそう言いかけて、思わず口をつぐんだ。もしかしたら昼間のカナヲも、いきなり声をかけられて驚いてあんな行動をとったのかもしれない思ったからだ。