第82章 幕間その伍:産屋敷輝哉の頼み事
「駄目かな?」
「い、いいえ!お館様のためなら百曲でも二百曲でも歌います!」
「それは少し困るかな。私も疲れてしまうし、何よりも汐の喉がもたないだろうしね」
「あ、そ、そうですよね。すみません・・・」
緊張のし過ぎなのか素っ頓狂な言葉を紡いでしまう汐に、甘露寺は少しだけ呆れつつもその愛らしさに胸をときめかせていた。
「じ、じゃあ、どんな歌にしましょうか?元気の出る歌、心が安らぐ歌、後はえっと・・・」
「いや、私が聴いてみたい歌はもう決めているんだ。いいかな?」
「も、勿論です!何でも言って、じゃなかった。お、お申し付けください」
汐は慣れない敬語でそう伝えると、輝哉は期待を込めた表情で汐を見て言った。
「君の故郷の村の歌を聴かせてくれないか?」
輝哉の優しい声色に、汐は呆然として彼を見つめた。汐の故郷。今は無き、海辺の村。
そこに伝わるのは、今はわらべ歌となったワダツミヒメを沈める歌。ワダツミの子に深く関係のある歌を、彼が聴きたいというのは理にかなっていた。
しかし頭が混乱している汐に、それを推測する力はなかった。
「あたしの、村の?で、でも。あれは子供の歌だし、お館様が満足するような歌じゃ・・・」
その声は段々と小さくなり消えてしまい、汐は期待を込めて自分を見つめてくる輝哉の眼に抗うことは無駄だと瞬時に察した。
「わかりました。お館様の為に歌います」
汐はそっと立ち上がると、乱れる呼吸を沈めるように深く深呼吸をし、そしてゆっくりとその口を開いた。