第82章 幕間その伍:産屋敷輝哉の頼み事
「庚ね。下から四番目だけれど、通常の隊士にしては短期間での昇格よ」
「でも柱には程遠いわ。そんなあたしを呼び出すって、あたし何かやらかしたのかな・・・」
再び震えだす汐を、何とかなだめようとする甘露寺だったが、不意に襖が開き二人は慌てて姿勢を正した。
「お館様のお成です」
あの時と同じく二人の少女がそう告げると、襖の奥から輝哉がゆっくりと姿を現した。それに合わせるように、汐と甘露寺は頭を下げた。
「よく来たね。私のかわいい剣士(こども)達。ん?部屋が少し揺れているね。地震かな?」
輝哉の言葉に甘露寺は慌てて汐の手を握って落ち着かせ、おずおずと顔を上げながら口を開いた。
「お館様におかれましても、御壮健で何よりです。益々の御多幸を切にお祈り申し上げます」
甘露寺のあいさつの言葉に、輝哉は嬉しそうに「ありがとう、蜜璃」と返せば、彼女の頬は薄い桃色に染まった。
「蜜璃の継子になったという話は聞いているよ。鍛錬は順調かな?」
「は、はい!師範にも他の柱の人たちにも、ずいぶん鍛えられてます」
汐がそう答えると、彼はそれはよかったとにっこりとほほ笑んだ。
「二人とも突然呼んでしまってすまなかったね。特に汐はたいそう驚いたことだろう。今日二人を呼んだのは、私の頼みごとを聞いてもらいたかったんだ」
「お、お館様直々の頼み事!?」
「駄目かな?」
「い、いいえ滅相もない。お館様の御願いならばなんだってします!」
汐が声を上ずらせながらそう言うと、輝哉の表情がパッと輝いたような気がした。
「そうか、ありがとう。私が汐に頼みたいことと言うのは――」
「・・・」
「汐の歌を、もう一度聴かせてほしいんだ」
「・・・へ?」
思ってもいなかった言葉に、汐は勿論甘露寺も豆鉄砲を喰らったような顔で彼を見つめた。