第82章 幕間その伍:産屋敷輝哉の頼み事
産屋敷邸。それは鬼殺隊当主である産屋敷輝哉と、その家族が住まうどこかにある屋敷。
その場所は巧妙に隠されており、隠の案内、もしくは柱でしかたどり着けない。なのでそこに赴けるのは主に柱のみ・・・なのだが。
その屋敷に大海原汐は、師範である甘露寺と共に招かれていた。
それは汐がいつもの通り、甘露寺の下で修行を積んでいたころ。
いきなり丁寧な口調で話す鎹鴉が、輝哉が汐と甘露寺を屋敷に招きたいと伝えに来たのだ。
柱合会議の時期でもないはずのその知らせに、汐は勿論甘露寺もたいそう驚いたのだが、お館様の呼び出しを無下にするわけにもいかず、二人は屋敷へと赴いた。
そして、彼が見えるまで待たされた部屋で、汐はこれ以上ない程の緊張感に包まれ身体は可哀そうなくらいに震えていた。
「ね、ねえ、しおちゃん。とても緊張する気持ちはわかるけれど、ちょっと落ち着きましょう」
怯え切った小動物のように震える汐の手を、甘露寺は優しく握った。しかしそれでも汐の震えは止まらない。
「だ、だって、あたしみたいな癸がお館様に会うなんて・・・」
いつもの彼女なら絶対にありえない後ろ向きな言葉が出てくることに、甘露寺は改めて輝哉の偉大さを認識するが、汐の言った言葉に小さな違和感を覚えた。
「あれ?あなた今、癸って言った?おかしいわね・・・。しおちゃん、ひょっとして階級の示し方を知らないの?」
「示し方?」
甘露寺の言葉をオウム返しにすると、甘露寺は徐に自分の右手で拳を作り口を開いた。
「階級を示せ」
すると甘露寺の右手の甲にゆっくりと【恋】という文字が浮かび上がった。
「これは【藤花(とうか)彫り】っていう特殊な技術なの。最終選別が終わった後、手をこちょこちょってされなかった?」
「された、気がするけど。あの時は全身バラバラになりそうな痛みで、それどころじゃなくて・・・」
「そうよね、私も覚えがあるからわかるわ。まあとにかく、今のしおちゃんの階級を見てみましょう」
甘露寺の言葉に汐は頷き、左手を握りながら「階級を示せ」と口にした。
すると汐の左手の甲にゆっくりと文字が浮かび上がり、それは【庚(かのえ)】と書いてあった。