第10章 慈しみと殺意の間<肆>
その夜。鱗滝は二人のために特別に豪華な食事を用意してくれた。選別に向けて少しでも体力をつけろと、彼が腕によりをかけて作ったものだ。
その日ばかりは二人とも夢中で箸を動かした。特に汐に至っては、なんと炭治郎よりもお代わりをしたほどだ。
そして汐が寝ようと布団に入った時、ふと、炭治郎が自分を呼ぶ声がした。
「汐、少し話がしたいんだ。いいかな?」
いつもと違う彼の声色に、少し不安を感じながらも汐はそれに応じる。
二人が外に出ると、月は雲に隠れたまま光を放っていた。あの日、汐が本音を炭治郎にぶつけた夜と、少しだけ似ていた。
炭治郎の隣に、汐は足を運ぶ。すると、炭治郎は急に汐に向かって頭を下げた。
「ごめん、汐」
「・・・はい?」
そしていきなり謝罪され、彼女は困惑する。そんな彼女にかまうことなく、炭治郎はつづけた。
「禰豆子のこと、ずっと気にかけてくれたんだろ?ずっとお礼を言わなくちゃいけないと思ってたのに、修行のことで頭がいっぱいで、気づいたらこんなに時間がたってて・・・」
「なんだそんなこと。別にいいよ、気にしてないし。むしろ、謝るのはあたしのほうだよ。あんたには、本当にみっともないところを見せちゃったし」
そういって二人は顔を見合わせ、からからと笑う。二人の笑い声が、どこかで鳴いているフクロウの声と重なる。
「ううん、違うか。謝罪じゃなくてお礼だね。汐。禰豆子を気遣ってくれてありがとう」
「それはこっちのセリフ。あたしこそ、あたしを見失わせないでくれて、ありがとう」
そして二人はまた笑いあった。
「あ、そうだ。汐。前に君が歌っていた歌、もう一度聴かせてくれないか?」
「え?今から?」
「うん。あの歌、本当に本当に綺麗だったから。俺、もう一度聴きたいんだ」
曇りのない眼で悲願され、汐は少し考えたがしぶしぶうなずいた。そして月に向かって、その口を開く。