第10章 慈しみと殺意の間<肆>
だが、真菰の動きは汐が思っていたものとは全く違っていた。
まず動きが速すぎて、面を落とすどころか触れることすらできない。
まるで木霊のように縦横無尽に動き回る彼女に、汐は完全に翻弄されていた。
その日は真菰を追いかけるだけで終わってしまったが、それでも何かをつかめそうな気がして汐の胸にはわずかに希望が見えた。
それからの間。汐は真菰を追いかけ続けた。全身がちぎれそうなほどの苦しみの中、ひたすら彼女を追いかけた。
何度も吐き、何度もくじけそうになった。それでも彼女があきらめなかったのは、亡くなった養父と村のみんなを思ったから。
そして、今もどこかで頑張っているであろう彼を思ったからだ。
彼女が来ないときは代わりに錆兎がその役目を務めた。といっても、彼は真菰とは違い、文字通り打ち込んできた。
そして士気が下がっている汐に、ひたすら発破をかけ続けた。
(さすがに男と言われたときは汐も激怒したが)
しかしそれでも、真菰の面を落とすことはできなかった。
――半年、経つまでは
その日。真菰はいつも以上にうれしそうに笑っていた。ようやく自分が見たかったものが見られたような、そんな顔。
「行くよ、真菰。今日こそあんたに勝つ!」
汐は大きく息を吸った。低い音が響く。それは、初めて呼吸を使った時とは比べ物にならない程精錬された音になっていた。
そして勝負は一瞬で着いた。
真菰が動く前に、汐の刀が彼女面を捉え遥か彼方に吹き飛ばしていた。
ぐらりと傾く真菰の体を、汐の右腕がとっさに支える。すると、真菰の眼には涙がこぼれそうなほどたまっていた。
それはまるで、愛おしものを見るような、安心したような不思議な笑顔。
『頑張ってね、汐。勝って。アイツに・・・炭治郎と一緒に・・・』
真菰の口がその言葉をこぼしたとき、不意に一陣の風が吹いた。そして、気が付けば彼女の姿は消えていた。
そして面を切ったはずの汐の刀は
――滝を、割っていた。