第10章 慈しみと殺意の間<肆>
汐の体はまるで打ち上げられた魚のように軽々と宙を舞い、そして地面にたたきつけられるように落ちた。
飲み込んだ水をせき込みながら吐き出す。鼻から入った水が目の近くに痛みをもたらす。
『大丈夫?』
そんな汐に声をかける者がいた。炭治郎のものでも、鱗滝のものでもない、少女のような声。
汐がゆっくりと顔を向けると、そこには狐の面を頭につけたかわいらしい少女が汐を心配そうに見つめていた。
あたりを見回しても、人影はその少女以外に見当たらない。だとしたら、今汐を水から引き上げたのはこの少女ということになる。
自分よりも小柄な少女がそのような芸当ができるとは思えない。いや、それ以前にこの少女はいったい誰なのだろうか。
そんなたくさんの疑問が渦巻く汐を見透かしたように、少女は『真菰』と名乗りにっこり笑った。
真菰は不思議な少女だった。汐の呼吸の粗を指摘してくれたり、時折いろいろなことを話してくれた。しかし彼女自身がどこから来たのか、どうして自分にこのようなことをしてくれるのか。それには一切答えてはくれなかった。
ただ、真菰のほかにも錆兎という少年やほかの子供たちもいることを教えてくれた。
『私たち、鱗滝さんが大好きなんだ』
というのが、真菰の口癖のようでよく口にしていた。それを聞いた汐は、きっと鱗滝さんの身内なんだろうと、その時は深く考えはしなかった。
真菰曰く、汐は呼吸は使えているけれどその力をきちんと引き出せていないとのことだった。どのくらいかというと、なんと半分にも満たないという。
落ち込む汐に、真菰はある提案をしてきた。それは
真菰の面を叩き落すことができたら、その方法を教えるということだった。
汐はたじろいだ。自分が持っているのは真剣で、彼女は丸腰だ。そんな相手に刀を振るうなんて真似はできなかった。
だけど力は引き出したい。前に進みたい。
その意思が汐の足を動かした。