第77章 誇り高き者へ<肆>
空が暗くなったと思えば、間髪入れずに雨音が屋根を打つ音が響き渡る。
その屋敷の主、甘露寺蜜璃は雨が降ってきたことに気づいて顔を上げた。
「やだ雨だわ。雨戸を閉めないと・・・」
そう言って立ち上がった甘露寺だが、その行動は突如かけられた声によって止まった。
「恋柱様、こちらにおられましたか」
それはこの屋敷で働いている使用人で、少し困ったように眉根を下げていた。
「どうしたの?何か困ったことでも?」
「そ、それが、来客のようなのですがどうも様子がおかしくて・・・」
「お客様?今日はそんな予定はなかったはずだけど・・・」
甘露寺は怪訝そうな表情を浮かべながら、正門へと足を進め、そしてそこにいたものを見て思わず声を上げた。
そこには降りしきる雨の中、地面に頭をこすりつけるようにして蹲る青い髪の少女の姿があった。
「あなたは・・・汐ちゃん!?」
何故彼女がこんなところにいるのか。いやそれより汐は今蝶屋敷で療養中ではなかったのか。
いろいろと疑問が浮かぶ中、雨音をかき消すような鋭い声が辺りに響いた。
「お願いします!!あたしを継子に、弟子にしてください!!!」
その言葉に、甘露寺は目を見開き息をのんだ。汐の顔は泥と雨で汚れていたが、それに構うことなく彼女は泥の中で叫び続けた。
「今回のことであたしがどれだけちっぽけで無力なのかよくわかった!こんなんじゃ、こんなんじゃ大切な人の命も笑顔も守れない!!もうこれ以上、あの人が傷つくところは見たくない!!だからお願いします!何でもします!!あたしを、あたしを鍛えてください!!強くしてください!!お願いします!!お願いします!!!」
雨に打たれ、泥にまみれながらも、汐は頭を垂れたまま叫んだ。声は枯れ果て、流れる涙もそのままに、汐は何度も何度も甘露寺に頼み込んだ。
無礼ともいえる程の高い矜持を持つ汐が、恥も外聞も捨てて地面に頭をこすりつける、その姿に甘露寺は愕然としながら、汐の言葉を聞いていた。