第76章 誇り高き者へ<参>
その後、負傷した汐達はすぐさま蝶屋敷へと担ぎ込まれ迅速な治療が行われた。特に汐と炭治郎は、一目でわかる重傷であり絶対安静を余儀なくされていた。
それから数日後。頭に包帯を巻いた善逸は、一人廊下を歩きながらあの時のことを思い出していた。
隠達に背負われている間、伊之助は大声で泣きわめき、炭治郎は隠にしがみつきながらすすり泣いていた。だが、汐はまるで壊れてしまった人形のように、泣き声どころか一言もしゃべらず、ピクリとも動かなかった。
その後も屋敷に彼女の歌が響くことはなく、雰囲気は重くなる一方だった。
向上心の塊である炭治郎が落ち込んでいることも相当だが、善逸が気になったのは汐の“音”だった。
波のような少し不規則で、なおかつ優しい音。それが善逸の感じる汐の音だった。が、その音がびっくりするほど静かで汐がまるで別人にすり替わったような気がして、善逸は少し恐怖を感じていた。
無理もなかった。煉獄のような鍛え抜かれた“音”でさえ、上弦の鬼と対峙し命を落とした。特に汐は、他の者にはない特殊な力がありながら何もできなかった無力さに怒りを感じているだろう。
人間はそう簡単に切り替えることはできない。どんな人間だろうと、苦しく悲しい時もある。しかし、だからと言ってずっと蹲っているわけにはいかない。
炭治郎も汐も、そのことを善逸に教えてくれた。その二人が落ち込んでいるときは、自分が何とかしてあげるべきではないか。
善逸はそう思い、(無断で)もらってきたまんじゅうを炭治郎に差し入れしようと彼の病室へ戻って来た。
「炭治郎!まんじゅう(無断で)もらってきたから食おうぜ!汐ちゃんも誘ってさ!」
だが、善逸の言葉は顔面に走った衝撃により中断された。