第76章 誇り高き者へ<参>
大地が、空気が揺れたような衝撃が汐から波のように伝わり、体が震えた。汐が奏で始めた歌は、あの時煉獄が少しだけ耳にした、ずっと聞きたかったあの歌だった。
それは凱歌にしてはあまりにも悲しく、鎮魂歌にしてはあまりにも荒々しい歌だった。
汐の傷は決して軽くはない。まして、ウタカタを乱発したせいで喉はもう限界だった。
しかしそれでも、汐は歌った。煉獄をこのまま、約束を守れない嘘つきには絶対にしたくなかったからだ。
暁の光を背にし青い髪を揺らしながら歌う汐の姿から、煉獄は目を離すことができなかった。
その美しく、雄々しい姿から。
そして彼の脳裏に、あの時のしのぶの言葉がよみがえる。
――煉獄さんはすっかり彼女の歌の虜ですね
(嗚呼そうか。あの時は何故、これほどまでに彼女の歌を聴きたいと思ったのか分からなかったが、そう言うことか。俺は、俺が惹かれていたのは、どうやら歌だけではなかったらしい。あの気高く、誇り高き者に、俺は・・・)
最後の最後にそんなことに気づくなんて。と、自嘲気味に笑う煉獄の目にある者が飛び込んできた。
それは、歌を奏でる汐の後ろで佇む彼の母親だった。
(母上・・・)
段々と薄れていく意識の中、煉獄は母へ向かって心の中で問いかけた。
(俺はちゃんとやれただろうか。やるべきことを、果たすべきことを、全うできましたか?)
すると彼女は、そんな息子の姿を見て優しくほほ笑んだ。
『立派にできましたよ』
その笑顔を見て煉獄の顔にも笑みが浮かぶ。そして歌を奏でる汐を見て小さく息をついた。
(母上。俺は最後の最後に、幸せになってほしい女性ができました。大海原少女、否、汐。どうか、どうか幸せに・・・)
そう言って煉獄は目を閉じる。そしてその右目からは、一筋の涙が流れていた。