第10章 慈しみと殺意の間<肆>
あの満月の夜から数日後。あの日を境に狭霧山から聞こえる悲鳴が一つ増えた。
炭治郎に続き汐も本格的に修行を開始したのだ。
最初に受けた山下りの試練も、罠の難度が格段に上がり確実に汐を殺しに来ていた。しかし、汐は昔サメに食われそうになった記憶や、渦潮に巻き込まれて死にかけた記憶をばねにその罠の恐怖に耐えきった。
そして刀の扱い方がてんでなっていなかった汐は、炭治郎とともにその基礎をみっちり叩き込まれた。
毎日素振り素振りの毎日で、元から傷が多かった汐の手にさらに傷と豆が増えた。女としては致命的なものだったが、それよりも前に進む意志のほうが強かった。
それから、劇的に変わったことが一つある。
汐が、時折眠ったままの禰豆子の様子を気にかけるようになったのだ。
炭治郎から禰豆子が半年以上眠ったままだという話を聞いてからのことだった。
勿論鬼である以上警戒心や殺意が完全に消えたわけではなく、扉の向こうからこっそりのぞくくらいのものだったが、初めて彼女を目にしたときに比べれば、かなり大きな進歩だ。
その姿に、鱗滝は自分の判断が間違いではなかったと確信した。
それから日を重ねるたびに二人の修行は過酷なものになっていったが、二人の心は決して折れることはなく、必死に食らいついていった。
そして、ある日のこと。
「お前たちにもう教えることはない」
狭霧山にきて汐が半年後、炭治郎が一年後、突然鱗滝は二人にそう伝えた。
意味が分からず呆然と顔を見合わせていると、鱗滝はつづけた。
「あとはお前達次第だ。お前達が儂の教えてきた事を昇華出来たかどうかだ」
そういって彼は汐と炭治郎をそれぞれ別の場所へ連れていき、こう言った。
「炭治郎はこの岩を斬り、汐はこの滝を割れ。それができたら最終選別に行くのを許可する」
炭治郎の前には人の何倍はあるほどの大岩が、汐の前にはその岩と同じくらいの大きさの滝が鎮座していた。