第75章 誇り高き者へ<弐>
「!?」
異変に気付いた炭治郎が振り返り、汐の姿を見てぎょっとした。
目は血走り、首輪が締め付けられているせいか、いくつもの血管が浮き出していた。
「汐!」
ただ事じゃないその姿に、炭治郎は小さく叫んだ。その声が、煉獄の耳に届き視線だけを動かした。
(殺さなきゃ・・・ころさなきゃ・・・おには・・・ころさナキャ・・・そうでなケレバ・・・ダレカガマタシヌ)
汐はそのまま口を開き、空虚を見上げた。音のない呼吸音が静かに響く
――ウタカタ ×ノ旋律――
――××歌・・・
汐が今まさにその【歌】を奏でようとした、その時だった。
「止せ!!無茶をするな!!」
煉獄の雷のような声が響き、汐の体がびくりと震えた。意識が一気に引き戻され、視界が開く。
そして首輪も汐の首を絞めつけるのをやめると、急激に入ってきた空気に思わず咳き込んだ。
「弱者を気遣っている場合か!死ぬ!!死んでしまうぞ杏寿郎。鬼になれ!!鬼になると言え!!お前は選ばれし強き者なのだ!!」
猗窩座が叫ぶその言葉には心なしか悲しみと怒りがまじりあっているように聞こえた。しかしそんな中、煉獄の脳裏には別の声が響いていた。
――杏寿郎。
それは煉獄がまだ幼い頃。病に伏せる彼の母親の言葉だった。
その言葉を皮切りに、煉獄の記憶が一気によみがえった。