第75章 誇り高き者へ<弐>
「杏寿郎、死ぬな」
息を乱す煉獄の姿と、傷を負いつつも悲しそうな顔で彼を見下ろす猗窩座の姿があった。
煉獄は頭と左目、そして右腹部から血を流しながらまっすぐに前を見据えていた。
「煉獄さんッ・・・!!」
汐は思わず煉獄の名を呼ぶが、声がかすれて途中で消えてしまう。炭治郎も泣きそうな苦しそうな表情でその背中を見つめていた。
伊之助は肌が焼けるような空気を感じ、微かに震えていた。
(隙がねぇ、入れねぇ、動きの速さについていけねぇ。あの二人の周囲は異次元だ。間合いに入れば“死”しかないのを肌で感じる。助太刀に入ったところで足手まといでしかないと分かるから動けねぇ)
汐はこれほども動くことができないことを恨んだ。自分や乗客を守ってくれた彼を、何故今助けにいけないのか。何故自分はこれほどまでに弱いのか。
「生身を削る思いで戦ったとしても、全て無駄なんだよ杏寿郎。お前が俺に喰らわせた素晴らしい斬撃も、既に完治してしまった」
彼の言う通り、煉獄が胸につけた傷は、もう跡形もなく消えてしまっていた。
「だが、お前はどうだ。潰れた左目、砕けた肋骨、傷ついた内臓。もう取り返しがつかない。鬼であれば瞬きする間に治る。そんなもの鬼ならば掠り傷だ。どう足掻いても、人間では鬼に勝てない」
猗窩座の言葉は嘲るようなものではなく、本当に悲しみ、嘆いているように聞こえた。しかし煉獄はそんな彼の言葉を突き放すようにさらに大きく息を吸った。
燃え盛るような炎のような呼吸音が、静かな空間に木霊する。