第73章 狂気の目覚め<肆>
汐のいたところに鬼の急所はなかった。だとしたら、炭治郎がいるところにあるかもしれない。
「煉獄さん、行こう!ここに頸がないなら、きっと炭治郎の所にあるはず」
「ああ。だが君は手負いだ。呼吸で止血したとはいえ、傷が治ったわけではないのだから無理はするな」
「ありがとう。でも大丈夫。炭治郎達が踏ん張っているんだもの。あたしだけへばっているわけにはいかないわ!」
汐はそう言って息を整えながら刀を構えた。煉獄は小さくため息をついたが、彼女に宿る確かな決意と矜持。
あの時汐が鬼に対して言い放った言葉も煉獄の耳には届いていた。
どんなに強大な敵であろうとも、人としての魂は棄てない、誇り高き少女。
鬼である妹を信じ、前に進もうとする少年。
このような強く美しい魂を持った若き者達が、この先の鬼殺隊を支える柱になる。
だからこそ、ここで立ち止まるわけにはいかない。彼らを前に進ませるためにも。
「大海原少女」
煉獄は汐の名を呼び、静かに横に立った。その横顔を見上げた汐は、燃え盛るような熱く美しい眼に文字通り目を奪われた。
「行くぞ!」
「はい!」
汐が返事をし、肉片が盛り上がった瞬間。煉獄が先に動き、汐は弦をはじくような高音をならした。
ウタカタ 壱ノ旋律
活力歌(かつりょくか)!!!
汐の声が煉獄の耳に入った瞬間、全身の細胞に熱が籠り体が軽くなった。同時に汐も、傷の痛みが和らぎ動きを取り戻す。
(俺の身体を強化する歌か・・・。凄まじい力だ。だが、今はとてもありがたい!!)
煉獄の炎のような斬撃と、汐の荒れ狂う波のような斬撃が肉片を引き裂き、粉砕する。それに伴い、鬼もかなり焦っているのか最初とは比べ物にならない程の速度で迫ってくる。
そして、汐が手負いであることを知っているのか、鬼は汐ばかり狙ってくる。しかしそれは、相手の攻撃方法が単調になるということ。
煉獄は汐の動きをよく見ながら、彼女に負担がかからないよう動く。それに合わせるように、汐も煉獄の足手まといにならないように動いた。
「煉獄さん!」
「ああ。頼むぞ大海原少女!」
汐は喉の薬を一気に飲み干すと、煉獄の動きに合わせて大きく息を吸った。
炎の呼吸――
ウタカタ――
――結ノ旋律 炎虎爆砕歌!!