第73章 狂気の目覚め<肆>
「煉獄さ――「すまない」
汐の言葉を遮り、煉獄が突然頭を下げた。その行動に汐は面食らい、目を泳がせた。
「あの時君を先に行かせるべきではなかった。完全に俺の判断が誤っていた。柱としてこれ以上不甲斐ないことはない。怖い思いをさせてすまなかった」
「煉獄さんのせいじゃないわ。あんな奴が紛れこんでいるなんてふつう思わないもの。それに、煉獄さんはちゃんと、あたしを助けてくれたじゃない」
汐は小さく息をつきながらそう答えた。
そう、煉獄が居なければ汐はあの鬼に全身を細切れにされて無残に殺されていただろう。それを思うと、今自分が生きていることは煉獄があってのお陰なのだ。
「助けてくれてありがとう、煉獄さん。だからそんな変な顔しないでよ。何だか気持ち悪いわ」
汐がそう言い放つと、煉獄は困ったように笑い汐と共に立ち上がった。
「それにしても、さっきあたしに教えてくれた止血方法って、呼吸、よね?あんな芸当もできるなんて自分でも驚きだわ」
「呼吸を極めれば、様々なことができるようになる。何でも出来るわけではないが、昨日の自分より、確実に強い自分になれる」
強い自分と聞いて、先ほどの出来事を思い出した。自分がもっと強ければ、あんな奴に後れを取ることはなかっただろうに。
悔し気に表情を歪ませる汐に、煉獄は高らかに言い放った。
「だが、焦る必要はない。強くなることももちろん大切だが、何よりも自分の命を軽んじるな。命あっての強さだぞ、大海原少女」
「・・・うん!」
汐はしっかりと返事をし、壊れた扉の先を見据えた。煉獄が入れた斬撃のせいで再生力が鈍ってはいるものの、まだ鬼の肉片は動いている。