第9章 慈しみと殺意の間<参>
「俺は汐もすごいと思う。俺は初めて鱗滝さんに会ったとき、もしも禰豆子が人を襲ったらどうするって聞かれたとき、すぐに答えが出せなかった。判断が遅いってすごく怒られた。そうなったら俺は禰豆子を、殺して俺も死ぬ。そんな覚悟が必要なのに、俺はできていなかった。けれど、君は違う。その覚悟が、もうすでにあったんだ。誰でもできることじゃない。だから俺は、君の覚悟を決して否定しない」
炭治郎のまっすぐな言葉が、汐の何かを満たしていく。自分をずっと騙し、殺してきた彼女を彼は否定しなかった。
悪夢の中で否定され続けた汐の心が、みるみる浄化されていく。
「炭治郎・・・」
震える声で汐が名を呼ぶと、炭治郎は柔らかな声で返事をした。
「今からすごくみっともない顔をするから、その間だけは、あたしを見ないでほしい。すごく、すごくみっともないから・・・」
うつむいた汐の両目から、ぽろぽろと透明なしずくが零れ落ちる。肩を震わせ始めた彼女の背中に、炭治郎はそっと手を添えた。
その瞬間、背中が何度も大きく上下し、すすり泣く声が大きくなる。そして炭治郎の着物を握りしめ、汐はむせび泣いた。
今までため込んでいた悲しみや憎しみをすべて吐き出すように、汐は泣き続けた。そしてそんな彼女の背中を、炭治郎はさすりづつけたのであった。