第72章 狂気の目覚め<参>
「むっ、あまり状況はよくないな。大海原少女!俺が道を切り開く。君は先に進んで本体を探してくれ!」
「煉獄さんは?」
「俺もすぐに追いかける。だが、これだけは言っておく。決して無理はするな。命の危険を感じたらすぐに逃げろ」
煉獄が言い終わると同時に、肉の壁が扉を塞ごうと周りに集まってきた。煉獄はその肉片を切り伏せると、汐をその中に放り込む。
「行け!俺もすぐに続く!!」
煉獄の怒鳴り声と共に、ミシミシと扉がきしむ音がする。汐はすぐさま立ち上がると、鬼の気配をたどって足を進めた。
(あいつは絶対に許さない。あたしだけじゃなく炭治郎の心まで傷つけた。しかるべき報いを受けさせてやる!)
鬼の気配が強まるにあたり、微かに湧き上がってくる恐怖を汐は殺意で上書きしつつ先へ進む。そしていよいよ最後尾の扉が見え、その扉に手をかけ開け放った。
その瞬間。汐はその扉を開けてしまった事を、激しく後悔することになる。
扉の向こうには、その先にいたのは、魘夢の本体などではなかった。
その気配は彼など赤子同然に思えるほどの、恐ろしいなどどいう言葉では言い表せない程のものだった。
「・・・ッ!」
先ほどまでの殺意を全て上塗りしてしまうほどの恐怖が、汐にまとわりつく。心拍数が急激に上がり、呼吸が乱れ、全身が小刻みに震えだす。
「ワダツミの子・・・また鬼狩りに・・・関わって・・・いるのか・・・哀れな・・・娘だ」
地を這うような低くおぞましい声が汐の耳に絡みつき、思考を奪っていく。そのせいか、目の前の別な鬼が口にしたワダツミの子の名前を認識することができなかった。
そして微かながら悲しみと侮蔑を含んでいることにも、汐は気づくことはなかった。